ヘルツォーク『歩いて見た世界——ブルース・チャトウインの足跡』(2019)

10日間のコロナ感染自宅待機期間が終了。神保町へ繰り出す。偶然入った「はちまき」の天丼が旨かった。量もたっぷりでこれが800円とは驚きである。昭和6年創業の老舗だそうだ。さらに偶然見つけたjazz喫茶Big Boyでアイス・コーヒーを飲みながら小一時間過ごす。スピーカーはJBL。ものすごくいい音でLPが鳴っていて感動する。

岩波ホールはコロナの影響で経営難となり、本日で閉館となる。淋しい限りだ。滑り込みでヘルツォークの作品を観られて幸運だった。

               ★

放浪作家チャトウィンに対するヘルツォーク監督のシンパシーが全面にあらわれた、重く、美しい詩的な作品だった。HIVに冒され痩せこけて必死に呼吸する晩年のチャトゥインの映像が無残で痛ましい。死について想う。ヘルツォーク自身の雪山登攀中の決死のビバーク映像もまた極限に追い込まれる生命の姿である。ヘルツォークの映像は力強い。死の背後からうっすらと光を放つ寡黙で強烈な生のエネルギーを感じる。

               ★

エチオピアから誕生し大いなる旅の果てにホモ・サピエンス南アメリカ大陸の南端に辿り着いた。100年前に撮影されたティエラ・デル・フエゴの放浪の民の映像の何と衝撃的なことか。さまざまボディ・ペインティングの意味はわからないのだそうだ。謎に包まれた最果ての民。彼らの姿にホモ・サピエンスの辿った旅の全貌があぶりだされているような気がして不思議な高揚感に包まれる。チャトゥインの『パタゴニア』を読まなくては。

               ★

「ソングライン」とはチャトゥインの造語だそうだ。チャトウインのエクリチュールは厳密な民族学的考証からは逸脱するのだろう。ではその営為を詩学と呼ぼう。充実したパンフレットに掲載された池澤夏樹管啓次郎のチャトゥイン論のコントラストが非常に興味深かった。