シンポジウムのお知らせ 「複数の世界文学に向けて:フランス語圏文学の遺産と未来」

2022年11月26日(土)13時より早稲田大学8号館B107教室において開催される、フランス語圏文学についてのシンポジウムのお知らせです。日本では、2018年日仏会館で行われた国際シンポジウム「世界文学から見たフランス語圏カリブ海ーーネグリチュードから群島的思考へ」以来のフランス語圏文学に関する大きなイベントとなります。中村隆之/大辻都/星埜守之/澤田直/西川葉澄/廣田郷士/福島亮といったフランス語圏文学の最前線の研究者による刺激的な報告と討論は、フランス語圏というトポスからあらたなパースペクティブで世界を俯瞰するまたとないチャンスとなりましょう。今回はオンライン参加がありませんので、みなさま、ぜひ会場へお越しください。

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李禹煥展

六本木、国立新美術館でLee Ufan展を見る。もの派は基本的に好きである。李さんの作品は立体作品では石、鉄板、アクリル、木材などをシンプルに組み合わせ、自然と人工のはざまに見る者を連れていく。庭石のような石は白い矩形の空間のなかで鉄板やガラス板に乗せられ、両者の関係は作品によって微妙に変化する。ミニマルでストイックなそれらの関係項の位置の変化を見るのは楽しい。美術作品というより庭を眺めているような気がする。スレートの破片や砂利を敷き詰めた部屋を歩くと、石が擦れる音を聞く。ぼくが気に入ったのは「関係項ーー星の影」(2014/2022)。白い部屋に裸電球がぶら下がり、そこに置かれた石の影ができる。なぜかジャン・ピエール・レイノーの白いコンテナを思い出す。だがレイノーの白いタイルの病院のような冷たさとは異なり、李の白い空間は哲学的だ。ルチオ・フォンタナのように。9月に竹橋で見たゲルハルト・リヒターのフォト・ペインティングや現代技術と向き合う重厚でダイナミックな仕事とはまさに対極的な静かな世界である。リヒターは加筆する。李は置く。リヒターは批判する。李は空間を無限へと拓く。

キース・ジャレット&ECM写真展

昨日はよく晴れたが今日は冷たい雨が降った。群馬県榛名山麓の吉岡町で開かれている「ECM&キース・ジャレット写真・資料展」を見に行った。10月7日のPIT INNのチラシでKeith Jarrettの新譜Bordeaux Concertのリリースと、この資料展の開催を知ったのである。これはぜひとも行かねばならない。Bordeauxを聴きながら関越を飛ばす。会場で、「World Jazz Museum21」を主宰されている写真家の菅原さんにいろいろお話を伺った。彼は、スイングジャーナルに74年頃掲載されたNYでのキース・ジャレットの写真を撮影している。貴重な資料をじっくり見た。75年頃の「カイエ」は懐かしい。Bordeaux Concertはキースが卒中で倒れる前の最後のヨーロッパ・ライブ(2016年)のひとつだ。全体的にダイナミクスのカーブは緩やかで、きっとこの晩は少々疲れが出ていたのではないかと思った。キース晩年のソロ入門としては絶好の一枚ではある。

ダンテを読む(1)『神曲』地獄篇

プルースト失われた時を求めて』、セルバンテスドン・キホーテ』に続いて、管啓次郎研究室主催読書会第3弾はダンテ(1265-1321)の『神曲La Divina Commedia。19世紀末フランスから17世紀初頭スペインを経て14世紀前半のイタリアへと時空を遡行する。テキストは角川ソフィア文庫の三浦逸雄訳。いつもながら管先生のテキスト選択はすばらしい。三浦逸雄は三浦朱門の父君。昭和40年代に出版されたこともあるのだろうが、その訳文はやや古風な言葉遣いと若々しい会話調が乖離することない融合をみせている。トスカナ語原文では十一音節の韻文が、柔軟で張りのある現代日本語散文に生まれ変わっている。このテキストならば重厚な古典文学に食らいついていけそうだ。

本日は「地獄篇」Inferno。文庫本を開いた途端に目に飛び込んでくるボッティチェリ『地獄の見取り図』(1490)にまず圧倒される。すごいな、これは。よし行くぞと士気も上がる。本文の随所に素描もたくさん散りばめられている。ルネサンスの巨匠画家によるダンテ読解とともに地獄のピクニックに出発だ。地獄はすり鉢状の構造体なのであった。アリジゴクの巣はその形状がゆえにそう呼ばれていたのだと合点がいった。そうだ、いつか吉増剛造さんが話していた羽村の「まいまいず井戸」を見に行こうか(散歩者の日記2011年8月10日)。

ダンテの主人公は、生き身のままに師匠ウェルギリウスとともに冥府へと向かう。洗礼を受けなかった異教徒がひしめく辺獄(リンボ)から、らせん状に下るにつれて、好色者、欺瞞者、裏切り者、と人間が犯した罪は重くなり、地獄の中心には堕天使の魔王ルチフェロが待ち構えている。その道行にはミノタウロスやらクレオパトラやら神話や歴史上の人物があふれている。フィレンツェに介入し、ダンテを亡命に追いやったローマ教皇ボニファキウス8世もダンテによって地獄に落とされた。フィレンツェを追放され、流浪の身で執筆をつづけたダンテ・アリギエーリは、この「地獄篇」においておびただしい人物の名を挙げて彼らを断罪するのだが、その言上げは執拗である。たとえば第九の圏谷(裏切り者の獄)での出来事。主人公は総じて穏やかにウェルギリウスに従って歩を進めるが、ここで名を名乗らぬとある亡霊に出会ったとき、彼はにわかに色を失って逆上する。

「わたしはそいつの首根っこをつかんで、いった、『ともかく名をいうんだ。でないと、これから上には髪の毛が残らないぞ!』」(358頁)。

そして名を名乗らぬ亡霊の髪の毛をむしり取るのである。「地獄篇」には地獄落ちの人間を見定めようとするダンテの執念のようなものが漂っているように思われた。

地獄のすさまじい描写のなかでもっともおどろおどろしかったのが、次の一節。

「そのときはすでに 二つの頭は一つになっていて、目の前にあらわれてきたときには、二つの顔がなくなって、二人の顔が混ざり合って一つの面になっていたのだ。四つの肉片からは二本の腕ができ、足と腰、腹、胸などが、見たこともないような肢体になっていた。もとの姿はどちらもそのときに消えて、その異様なかたちは、人とも蛇ともつかぬものに思われたが、知らぬうちに、ゆっくり立ち去って行った。」(275頁)。

 

 

 

「モツクーナス=ミカルケナス=ベレ」トリオ with 大友良英&仲野麻紀

東京は二つ玉低気圧の通過で冷たい雨と強風に見舞われた。おそらく移転後のピットインに行くのは初めてだと思う。中に入ると、とたんにジャズの匂いに包まれた。ああ、ほっとするなあ。東欧から来たトリオについては全く知らない。ウイスキーをロックでちびちび飲みつつ、わくわくしながら演奏の開始を待った。エスニックかなーとなんとなく予想していたら、怒涛のフリージャズだった。仲野さん曰く「ど真ん中直球」。いやーすごかった。気持ちよかった。リューダス・モツクーナスLiudas mochūnas(sax,cl)とアルナス・ミカルケナスArnas Mikalkėnas(pf)はリトアニア、ホーコン・ベレHåkon Berre(ds, perc)はノルウェー生まれ、トリオは2014年に結成されたという。彼らの音楽を聴いてみて、ベースレスでもなんの不足もない。モツクーナスの「武器」は多彩だ。フリーキートーンの間に、超低音をブッ、ブッと慣らしタンポンの開閉音や楽器をたたく音を織り交ぜて放射されるうねりはすごい。ちょっとディジリドゥーを思い浮かべる。誰かのソロに他のメンバーがスポンテニアスに反応するスリリングな展開。誰もが次に俺がリードするぞと待ち構える。大友さんのギターが過激に介入し、仲野さんも楽器を振り回しながら音をまき散らす。それにしてもなんと色彩豊かな音楽だろう! そしてみんなよく聴きあっていてバランスがいい。久しぶりに素晴らしいフリージャズを聴いた幸せな宵だった。2014年リトアニアの首都VilnusでのライブCD plungedを買って帰る。これがまた素晴らしい。しばらく繰り返し聴くだろう。 

 

セルバンテス『ドン・キホーテ』6(後篇三)

牛島信明岩波文庫版『ドン・キホーテ』読書会もついに最終回。最終巻にたどり着いた。ドン・キホーテの狂気は次第に弱まってゆく。物語には盗賊の頭ロケ・ギナールのような魅力的な人物が登場しドン・キホーテは脇に退く場面が多くなる。そして《銀月の騎士》(じつはサンソン・カラスコ)との一騎打ちに敗れてついに鎧を脱ぐ。サンチョを引き連れ意気消沈して故郷の村に戻るドン・キホーテのなんと哀れなこと(p.299、p.301の挿絵!)。まるで甲羅から引きずり出されたカメのようである(?)。熱病に冒されて死の床で「正気に戻り」敬虔なキリスト教徒として死んでゆく結末を寂しい限りという意見があいついだ。これでいいのかドン・キホーテよ。

だが、本巻の「ドン・キホーテ劇場」を支える重要人物ドン・アントニオが、ドン・キホーテを正気に戻し村に連れ戻そうとするサンソン・カラスコに向けて放った言葉を聞こう。「この世に二人といないあんなに愉快な狂人を正気に戻そうとして、あなたが世間の人びとかけた損害を神様がお赦しになりますように! ドン・キホーテが正気になって世にもたらすであろう利益なんぞ、彼の狂気沙汰がわれわれに与える喜びに比べたら物の数ではないってことが、あなたにはお分かりにならないんですか?」(287頁)。正気すなわち現実界を擁護するサンソン・カラスコに対して、ドン・アントニオはドン・キホーテの狂気すなわち想像界を決然と支持する。さらにこの支持表明によってあぶり出されるのは、芝居は観衆によって、小説は読者によって、すなわちフィクションはその享受者によって成立している、という構造である。『ドン・キホーテ』のメタ・フィクション性とはよく言われることだが、その射程は、こうしたフィクション構造への寿ぎにある、と僕は理解した。興行主ドン・アントニオはそのフィクション構造の価値を理解している。なぜならそれは狂気が許容されるかけがえのない場所だからなのだ。だからこそ彼は「ドン・キホーテ劇場」を立ち上げ、擁護するのだ。すなわち『ドン・キホーテ』は、ドン・キホーテの狂気を支持する読者を獲得する物語だったのだ。ドン・キホーテは実は勝利したのだ。

さて、憂い顔の騎士殿、6か月間楽しませてくれてありがとう。ここでさよならだ。名残惜しいけど、またの機会に。だって来月からはまた時を遡行してダンテ・アリギエーリに会わなくてはならないからね。おそらくそこで一気に視界が開けるような予感がする。

 

長谷川潔展

受験に追い立てられていた高校生の頃、帰宅途中に池袋の西武デパートレコード屋に時々立ち寄り、茫漠とした風景が鮮烈だったECMのジャケットを眺めたり、隣の美術ギャラリーで版画を見るのがささやかな楽しみだった。とりわけ長谷川潔モノクロームのメゾチント、漆黒の闇からうっすらと赤色が浮上する浜口陽三のメゾチントには心惹かれた。静まり返った小さな空間に自分の心象風景が映し出されているようだった。またそれらは日常のなかに日常を遥かに超えた静謐な世界を提示していた。空気の希薄な世界にしか居られなかった孤独な高校生が見出すことのできたひっそりとした場所だった。

9月になって長谷川潔展が町田国際版画美術館で開催されていることを知り、町田に向かった。自然に囲まれたとても気持ちのよい美術館だった。そしてあの彼岸的なモノクロームの沈黙に、久しぶりに浸った。この銅版画家の大規模な回顧展を見るのは初めてで、朔太郎の『月に吠える』の版画を制作し、フランスで生涯を終えたことを初めて知った。長谷川が挿画を担当した仏訳『竹取物語』が欲しくなった。

長谷川潔の作品を見ていると吉岡実の詩を思い出す。彼もまた硬質で日常を突き抜けるイメージを堆積した詩人だった。

「夜の器の固い面の内で/あざやかさを増してくる秋のくだもの…」(「静物」)