2021-01-01から1年間の記事一覧

プルースト読書会vol.12

吉川一義訳岩波文庫版『失われた時を求めて』第12巻は第6篇「消え去ったアルベルチーヌ」を収める。パリから出奔したアルベルチーヌの突然の死というプロット展開にはいささかの違和感(都合がよすぎる展開?)を禁じ得なかったが、時間とともに恋人を忘却し…

言葉を移す、文化を映す――アフリカン文学をめぐって

国学院大学文学部のオンライン・コンフェランスを聴講した。非常に刺激的で情報量豊かなレクチャーだった。クッツェー翻訳、研究の第一人者であるくぼたのぞみさんは、アフリカを単一的に括るのではなく、つねに複数のアフリカをイメージすべきだと提言され…

オクタビオ・パスとソル・ファナ

夏休みのメヒコ展のあとオクタビオ・パス『孤独の迷宮』を読んだ。記憶が風化する前に書き留めておく。メキシコという土地に去来した様々な民の関係のなんたる複雑さ。スペイン人の到来は、アステカの支配下にあった諸民族にとっては「解放」に見えたが、そ…

プルースト読書会 vol.11

吉川一義訳、岩波文庫版『失われた時を求めて』第11巻は第5篇『囚われの女』La Prisonnière後半を収める。その前半はヴェルデュラン夫人の夜会の場面で、シャルリュス男爵の庇護をうけるモレルがヴァイオリンを弾く。毒舌をまき散らしヴェルデュラン夫妻の…

マイルス・デイヴィスのほうへ(8) 1972-1975 Ⅲ

マイルス・デイヴィスは次第に、身体を二つに折り、地霊を呼び覚ますがごとく、ワウワウ・トランペットの痙攣的な音を地面に向かって吐き出すようになった。ワイト島ライブの頃と比べると姿勢の変化は一目瞭然である。ベルの位置が下がり電気に頼るにつれて…

マイルス・デイヴィスのほうへ(7)マイルス1972-1975 Ⅱ

On The Corner発表後ライブを再開したマイルスは、キース時代から残留したベースのマイケル・ヘンダーソン、パーカッションのムトゥーメのほかはメンバーを一新、ドラムスにアル・フォスターを起用した。律儀なマイケルとバシャバシャシンバルのアルをリズム…

プルースト読書会 vol.10

吉川一義訳『失われた時を求めて』第10巻(岩波文庫)は第5篇「囚われの女」の前半を収める。同性愛疑惑から遮断するためにアルベルチーヌをパリの自宅にいわば監禁する「私」は、恋人が誰かと交際しているのではと疑っては苦痛に苛まれ、恋人が不在のときに…

マイルス・デイヴィスのほうへ(6)マイルス1972-1975 Ⅰ 

キース・ジャレット退団のあとライブ活動を停止し、半年ほど沈黙したマイルス・デイヴィスは1972年7月にスタジオに入り、On The Cornerを発表する。それはテープ編集によるルーピングを駆使してドラム&ベースのリズム・トラックが生み出すグルーヴを前面に…

プルースト読書会 vol. 9

吉川一義訳岩波文庫版『失われた時を求めて』第9巻は「ソドムとゴモラ」後半を収める。訳者によれば、時代設定は、矛盾もあるが、前巻と同じく1899年頃であるという。舞台はノルマンディーのリゾート地。ヴェルデュラン夫妻がカンブルメール夫妻から借りた…

「メヒコの衝撃」の衝撃

この状況で行こうか行くまいか迷った。だがティーンエイジャーと読んでいる岡本太郎物語、メキシコのホテルのロビーに飾るために制作された「明日への神話」はなぜあんなおどろおどろしい主題なのか、メキシコ人は「死者の日」になぜあんなに骸骨を露出させ…

プルースト読書会 vol. 8

「ソドムとゴモラ」の前半を収める吉川一義訳『失われた時を求めて』第8巻(岩波文庫)の前半では主にゲルマント大公邸での夜会の様子が語られる。本巻でも社交サロン・レポーターの「私」による圧倒的な報告が展開するが、話題がシャルリュス男爵、スワン、…

マイルス・デイヴィスのほうへ(5)チック・コリアという繊細さ Ⅲ

しかし1970年の5月頃、マイルスは新たなキーボード奏者をスタジオに呼び寄せる。キース・ジャレットである。そして7月、NYのフィルモア・イーストでマイルス・デイヴィスはチックとキースのダブル・キーボードを従えて4日間のパフォーマンスを行う。LP2枚組…

プルースト読書会 vol.7

「喪に服したユダヤ人が頭に拝をかぶるようにしゃくりあげはじめた」(120頁)という一節にぎょっとした。ステルマリア夫人との逢瀬が叶わぬものとなった「私」が絶望する場面なのだが、つねにクールな語り手である「私」が示した感情の激発がいかにも唐突で…

城南島に三島喜美代を見に行く

東京湾に浮かぶ城南島になぜか最近縁がある。最初に訪れたのは6月中旬。鮫洲試験場で免許更新の手続きを済ませたあと、せっかくここまで来たのだから海を見に行こうと適当に走っていたら、城南島に入っていた。広い道路は閑散としていて物流倉庫が立ち並ぶ殺…

マイルス・デイヴィスのほうへ(4)チック・コリアという繊細さ Ⅱ

そして1969年8月、ついにBitches Brewが制作される。Pharaoh's DanceとBitches Brewはテオ・マセロとマイルスによる入念なテープ編集の見事な成果である。「ビッチェズ・ブリュー」はライブでも演奏されたが、チック・コリアとジョー・ザビヌルのダブル・キ…

マイルス・デイヴィスのほうへ(3)チック・コリアという繊細さ Ⅰ

60年代末のマイルス・デイビスの劇的な変貌期にキーボードを担当し重要な役割を果たしたのがキース・ジャレットの前任者、チック・コリアである。そのチックも今年の2月に鬼籍に入ってしまった。チックが在籍していた頃のマイルス・バンドの演奏にはキースが…

プルースト読書会 vol.6

吉川訳岩波文庫版『失われた時を求めて』第5、第6、第7巻は長大な第三篇「ゲルマントのほう」を収める。今日は第6巻。前半三分の二を占める「ゲルマントのほう1(承前)」ではヴィルパリジ侯爵夫人のサロンが、残り三分の一を占める「ゲルマントのほう2…

マイルス・デイヴィスのほうへ(2)キース・ジャレットがいた風景Ⅱ

マイケル・ヘンダーソンが飽くことなく刻み続けるベース・ラインは、マイルスが提示する「曲」の枠組みである。しかしその土台の上にキース・ジャレットは、まったく新しい創造といってもいいほどの独創的なインプロヴィゼーションを展開する。「いいか、キ…

プルースト読書会 vol.5

今日は『失われた時を求めて』第三篇『ゲルマントのほう』の最初の三分の一を収める岩波文庫第5巻『ゲルマントのほうⅠ』を読む。バルベックで夏を過ごしたあとパリに戻った「私」は家族とパリのゲルマント家の館の一角に引っ越す。騎兵部隊の下士官である友…

マイルス・デイヴィスのほうへ(1)キース・ジャレットがいた風景Ⅰ

昨年の暮れ頃からマイルス・デイヴィスを集中的に聴き始めた。かねてからキース・ジャレット在団中のマイルス・バンドの音楽の変化をじっくり追跡したいと思っていたのだが、キースが卒中で倒れ再起不能となっていたというNew York Timesの悲痛な記事が伝わ…

『フェードル』を読む/聴く

『失われた時を求めて』第3巻冒頭に出てくる「私」のラ・ベルマ演ずる『フェードル』観劇のエピソードに触発され、意を決してラシーヌ再読。かつてお世話になったのは内藤濯訳だが、今回は渡辺守章訳の岩波文庫『フェードル アンドロマック』を読む。インタ…

プルースト読書会 vol.4

今回、情けなくも読書会の日取りを間違えて参加を逃した。したがってタイトルに偽りありだが、とりあえず読書会のあった日付に駄文をアップすることにした。吉川一義訳『失われた時を求めて』第4巻は『花咲く乙女たちのかげに』の後半「土地の名-名」を収録…

イヴ・モンタンを聴く

去年古いカセットテープを整理していたら「イヴ・モンタン・リサイタル’82」というテープが出てきた。シャンソンを聴く趣味はない。たぶん何かの気まぐれで図書館からLPを借りてダビングしたものだが、そのテープもあまりじっくり聴いた記憶はない。捨てよう…

「記憶と創造の旅 マリーズ・コンデの文学と料理」を聞き逃す

今日はオンライン・ミーティング3連発。ふたつは昼間、もうひとつは夜。昼間は高校生のための英語交流で、モデレーターをやらねばならない。午前中がキャンベラ、午後が台湾の高校が相手で科学的なトピックについて数人ずつのディスカッション。ところがキャ…

プルースト読書会 vol.3

『失われた時を求めて』読書会第3回。今日は第3巻『花咲く乙女たちのかげにⅠ』に収録された第2篇「花咲く乙女たちのかげに」第一部「スワン夫人をめぐって」を読む。スワンはオデットと結婚し、私とジルベルトの恋が描かれる。解説によれば時代設定は1896年…

プルースト読書会 vol.2

吉川一義訳『失われた時を求めて』読書会第2回。きょうは第2巻『スワン家のほうへⅡ』に収録された第1篇「スワン家のほうへ」第二部「スワンの恋」と第三部「土地の名-名」についてのディスカッション。 第二部「スワンの恋」は粋筋の女性オデットに恋い焦が…

関東平野の広い空を求めて

ここ半月ほど胸やけがひどく食道のあたりに違和感があって、思い切って内視鏡検査を受けた。胃カメラは20代後半に十二指腸潰瘍を患ったとき以来三十数年ぶりである。そのときもひどく辛かったが今回も楽ではなかった。結果は逆流性食道炎、たいしたことない…

プルースト読書会 vol.1

今年から始まった『失われた時を求めて』読書会の第1回。吉川一義訳岩波文庫版全14冊を月1冊ずつ読んでゆく。本当に読みやすい訳であり、註、地図、図版の配置と相互リンクが目を見張るすばらしさで、これならついてゆけそうだ。第1巻で第1篇「スワン家のほ…