マイルス・デイヴィスのほうへ(7)マイルス1972-1975 Ⅱ

On The Corner発表後ライブを再開したマイルスは、キース時代から残留したベースのマイケル・ヘンダーソン、パーカッションのムトゥーメのほかはメンバーを一新、ドラムスにアル・フォスターを起用した。律儀なマイケルとバシャバシャシンバルのアルをリズム隊の基礎に据え、サックス&フルートにデイヴ・リーブマンを迎え、その他若干のメンバー・チェンジを経て、1973年の6月頃にはピート・コージーとレジー・ルーカスのツイン・ギターが脇を固めるセプテットとしてツアーを展開した。ステージはDirectionsの後釜ともいえる元気はつらつのTurnaroundphrase、その名の通り5拍子のTune In 5といった速いテンポの曲で始まり、Ifeで速度を落としてアフリカ空間を開き――B♭B♭/CCという単調で物憂げなベース・パターンにはスライ&ザ・ファミリー・ストーンのThere's A Riot Goin' On (1971)のAfrica Talks To You "The Asphalt Jungle"やThank You For Talkin' To Me Africaと極めて近しいグルーブを感じさせる――、Right Off——Jack Johnson(1970)収録——やOn The Cornerからのモチーフ―—たとえば1973年6月19日の東京ライブを収録したブート盤Unreachable StationでFunk(Prelude part 1 )とタイトルされた曲はOn The CornerのBlack Satinのベース・パターンに基づく―—を交えて、全編ファンク路線で突き進んだ。怪人ピート・コージーは座ったまま何本かのギターを持ち替えてソロをとる。ライブの映像をみるたびに、この人に津軽三味線を弾かせてみたいとつくづく思う。リーブマンのソロは、マイルス・バンドに残るジャズの痕跡である。歴代マイルス・バンドのサックス奏者で一番いいなと思うのが実はリーブマン(ファッション・センスはさておき)。明晰なフレージングでフルートも旨く、Ifeのムードづくりは彼のフルート・ソロによるところが大きい。

ファンク路線に若干の変化が生じるのが1973年後半である。9月にCalypso Frelimo、 1974年にはボサノヴァ風のMaiyshaがスタジオで収録され(ちなみにMaiyshaのエリカ・バトゥによるキュートなカバー・ヴァージョンにはマイルスのプレイがサンプリングされている。https://www.youtube.com/watch?v=8wtZGOouxuU)、ステージ・レパートリーに加えられた。それによってマイルス・バンドの音楽空間はさらなる拡張をみる。すなわち、アフロ・アメリカンのファンクやIfeのアフリカ性に加えて、カリプソカリブ海ボサノヴァ=南米ブラジルを取り込んだグルーブによって、音楽が「世界化」していく。マイルス自身がそれを意図的に行ったのかどうかはわからない。だが、〈全‐世界〉の詩人エドゥアール・グリッサンが、晩年にマイルスの音楽の「リズム」と自身のエクリチュールのリズムとの親近性に言及し、ジャズの世界性を語ったことを思い起こすとき(拙稿「痕跡からの創造」、『クレオールの想像力』、水声社、2020年収録)、この時期のマイルス・バンドが表出した巨大な空間性には改めて注目すべきものがあるように思われる。