原発事故に寄せて

このところ目立ち始めた「それでも原発はエネルギーのない日本に必要だ」という論調。事故直後の、あの誰もが食い入るようにテレビ画面を見続けた時期でさえ、知識人や政治経済界のリーダーたちではなく、身近からさえそういう発言を耳にしたとき、信じられないとともに現状の生活に惰化されきってしまったぼくたちの感性を垣間見た気がして茫然とした。被害者も正常時には原子力発電によって生活を支えられていたではないか。微量の放射能におびえて日本から逃げ出す輩は過剰反応で滑稽だね。一時的感情によって原発をヒステリックに否定するのは日本の経済基盤の現実を顧みることができない知性の欠如ではないか...。ぼくたちが生き残って(今のところなんとか)生活ができ、こうしてブログなんぞを書いていられるのも、みな福島の犠牲の上に成り立っていることだ。津波で亡くなった人々や避難した人々とともにぼくたちは生きている。そして犠牲となったのは人だけではなく生態系すべてであるという基本的認識をもつことこそ、今ぼくたちにもっとも課せられている課題なのだ。人は自然の一部である。norah-mさんの最新ブログ、必読。http://d.hatena.ne.jp/norah-m/