今年は北川民次(1894-1989)の生誕130年記念ということで、大きな回顧展が世田谷美術館で開かれている。これも楽しみにしていたもので、妻と観に行った。北川民次作品との対面は3年前の「メヒコの衝撃」展以来である(「散歩者の日記」2021年8月28日)。有名な『ロバ』、『タスコの祭』、『メキシコ三童女』といったタブローの放射する圧倒的エネルギー。太い線、鮮やかな色づかい、そしてとりわけ寸分のスキのない構図。『出征兵士』などの戦争画も描いたが、批判的精神が底流としてある。とにかくすごい画家である。アカデミズムとは無縁で、若くして渡米し働きながら夜間学校で絵を学び、キューバを経て1920年代から30年代をメキシコで暮らす。その絵には社会批判があり、民衆へのまなざしがあり、命の輝きがある。晩年の壁画にはフェルナン・レジェの大きな影響がみられる。作品制作とともに北川の仕事として忘れてはならないのは、メキシコのトラルパン野外美術学校での子供や大人を対象とした美術教育であろう。それは芸術家を育てることではなく、人を育てることに直結する。岡本太郎は『今日の芸術』で前衛芸術は民衆のものである、と説いたが、北川民次は絵画創作の教育的意味を提示する仕事を草の根で実践した。民次が指導したメキシコや日本の子どもたちの素晴らしい作品をみながら、ハイチ地震のすぐあと、廃墟のなかで作品を掲げたハイチの民衆画家たちの力強さを思い出してみる。連れは絵本『ウサギノ耳ハナゼナガイ』が気に入ったようだ。