ブルース追加

 寒い日が続く。仕事を早目に切り上げて、武蔵野市立吉祥寺美術館にて斎藤真一展を見る。そのさびしく甘美な放浪のビジョンは自分が20才頃の心象風景のひとつであった。1922年生まれの画家が1994年に亡くなっていたことを知った。藤田嗣治と親交を結び、原付を駆って欧州各地を巡った旅する画家の最後の雑記には「私は犬になりたい」と綴られていた。斎藤氏は、越後を中心に、三味線と唄で旅を続ける盲目の女旅芸瞽女(ごぜ)を描き続けた。瞽女唄はまぎれもなく日本におけるもっともディープなカントリー・ブルースである。燃え落ちる赤が氾濫するタブローを辿りながら、「さすらいとは遠くを旅することではない。日常の日々のなかにさすらいはある」という画家のことばが心の中に鐘の音のように響いて、何かが開かれるのを告げた。