ふたつの反復

  WC研、今日は原さんのガイドで松本俊夫新藤兼人という異色のカップリング。まずは夢野久作の『ドグラ・マグラ』を映画化した松本俊夫の実験映画。『エクスパンション』(1972年/14分):形の変容のプロセス。『色即是空』(1975年/8分)般若心経の文字が記号素となっている。そのシークエンスのたたみかけるリズム。圧倒的なテクストの力とジョークの同居。僕にはこれが一番面白かった。『リレーション』(1982年/10分)。波や空の雲の動きをデジタルエフェクトで合成したもの。波という自然の反復現象と時間の流れを切り取り加工する。マグリットみたい。当時の先端技術も今やローテク。電子技術はあっというまに古びていくが、その古さは奇妙な味を醸し出す。ところであの白い手の矢印は何? 『エングラム』(1987年/13分):エングラムとは精神医学の用語で「記憶痕跡」という意味だそうだ。記憶の反復とずれ。建物のショットが痙攣的にぶれるところが印象的。
  1912年生まれでいまだ健在の進藤兼人の『鬼婆』(1964年)。鎌倉時代末期から南北朝時代の舞台設定。福井県に伝わる仏教説話「嫁威し肉付きの面」から着想を得たストーリー。みずみずしい吉村実子。
  まったくかけ離れた二人の映像作品に共通するのは「反復」である。松本の方は具体的なストーリーを持たぬシークエンスの「反復」が興奮を生む。ミニマルな現代芸術的反復。一方進藤作品にあらわれる行為の反復(夫を失った若い女が若い男のもとに走る)は欲望の高揚を増幅するわけだが、そのナラトロジーの一種冗長さは、ストーリーが説話から来ているところにあるように思われる。何度も同じ行為が反復される「語り」。そこには説話=口承文化的な物語構造が刷り込まれているような気がした。レヴェルが異なるふたつの反復。