アイヌモシリの幻影

 息子のヘルニア手術は予定通り無事終了。反復的日常生活に戻った9月もはや半ば。8月14日から24日まで過ごした北海道の夏休みを思い出す。雨ばかりだったが涼しく快適な旅だった。
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 千歳空港で車を借りて出発。旭川、大雪旭岳、阿寒、釧路湿原、帯広中札内、札幌と時計回りにぐるっと道央を一周した。走行距離は1200㎞。印象に残ったことはいくつもあるが、そのひとつが阿寒のアイヌコタンの訪問である。18日の朝、4日間過ごした上川郡東川町のキトウシキャンプ村を出発、層雲峡を超え三国峠から糠平湖、足寄を経て15時半ごろ阿寒湖に到着した。阿寒湖一帯は日本最初の国立公園である。温泉ホテルが立ち並ぶ湖畔に、36戸、約130人のアイヌの民が暮らす北海道最大のアイヌコタンがある。かつて狩猟採集の生活を送っていた彼らは、今では民芸品店を営みながら自らの文化を発信している。ホテルにチェックインして夕食をとったあと、夜のコタンへ。入り口の門の中央にはコタンの守護神である大きなシマフクロウのオブジェがライトに照らされて闇に浮かびあがりなかなかの威圧感である。コタンの奥にあるオンネチセ(大きな家)でアイヌ古式舞踊を観る。ひなびた打ち掛け小屋の風情がいい。30分ほどのパフォーマンスで歌や舞い、ムックリなどが披露された。アイヌ古式舞踊は国の重要無形民俗文化財であり、2009年にユネスコ世界無形文化財に登録された。
 翌日の夕方、ふたたびコタンを訪れた。いくつかの民芸品店でムックリの鳴らし方を教えてもらったりお土産を買ったり木彫や衣装や文様をみてまわる。『熊の家』という店には地下に私設のアイヌ民俗コレクションがある。明治時代のアイヌの家族の写真を見ておどろいた。なんと人間の一家とともに首輪をつけられた熊が後脚で立ちあがって人間とならんでお行儀よくカメラに収まっているのだ。熊はアイヌの神。子熊を生け捕りにして育て、イヨマンテの祭りで天に帰すのだ、と若い店員が話してくれた。やや年配の女性の店員さんに、この秋に完成予定のアイヌシアターの話題に水を向けてみた。あんな大きな箱にお客さんが入るのかしら、と彼女は微妙な表情で語った。そうだな、いろいろあるようだが、僕は昨日の小屋の雰囲気がよかったな...。いまどき、多くの老舗の温泉観光地の客足は伸び悩んでいる。ここ阿寒湖も例外ではない。でもアイヌシアターができるのならアイヌ文化だけではなくさまざまな先住民文化の集う場所になればいいな、なんて思う。