キース・ジャレット・ソロ

 昨年のトリオで悲しい思いをしたのだが、ソロ公演と聞いてやはり切符を買ってしまった。今回の来日は昨日と今日の2公演のみ。オーチャード・ホールで日曜日というのに19時開演。タッチに往年の粘りはなく、リズムのグルーブ感も影をひそめてしまった。得意のダウン・トゥー・アースな曲調でも今一つ心に響いてこない。ダイナミクスも緩やかなカーブを描いていて、ピアノからメゾ・フォルテまで。ピアノが鳴らない。あるいは1階32列は後ろ過ぎた。
 第1部、まずピアノのフレームを叩き弦を直接弾く奏法でリズムを出し、低音のオスティナートの上にメロディを乗せてミューズの到来を乞う。そのあと最近のコンサートでよくやるプロコフィエフ風の無調で力動的な音楽、スクリャービン風の幻想曲的な音楽、印象派風のたゆとう響きなどが数分の単位で続いていく。最後はキースの音楽のなかで最良の側面であるhymnで締め括り。これはテクスチャーも複雑で聴きごたえがあった。そのあともう1曲弾こうとして鍵盤に向かうが、突然"1st is up!"と言って袖に引っ込み前半は終了した。50分弱。20分の休憩のあと、第2部はネイティヴ・アメリカン的な音楽で始まる。曇り空に日が差し込み、空気はにわかに色彩を帯びる。右手のメロディはあきらかに笛の音だ。この部分は今夜でベストだと思う。キースも満足がいったのか、弾き終えて丁寧におじぎをした。そのあとのファンクは生彩を欠いた。面白かったのがその次。モチーフを弾き始めたが、うまく音楽が出てこなかったらしく、突然弾き止めて、虚空に向かってbye bye!と叫んだ。このへん、即興演奏のスリルに溢れていた。ジャズ風の右手のラインが飛び回るものや、かすかに「バークリースクエアのナイチンゲール」のメロディを想起させるものや、対位法的な音楽など、多彩な手法を駆使した即興がいつものように繰り広げられた。アンコールは4曲ほど。ブルースは盛んな拍手を浴びていたが、かつて『Paris Concert』に収録されているbluesにノックアウトされた自分としては、物足りない。個人的には3曲目のオーバー・ザ・レインボウが面白かった。弾き始めはベタかなと思ったけれど、中盤から溢れるメロディが対位法的に絡み合ってよかった。
 9時をずいぶん回ってコンサートはスタンディング・オベイションのうちに終了した。