シャモワゾー『テキサコ』

 数日前に読了。原作は1992年。ゴンクール賞。星埜守之訳は1997年平凡社より。フォール・ド・フランス近郊の石油会社のタンクのそばに出来たスラム街テキサコをつくりその場所をベケたちから死守した女闘士マリー・ソフィー・ラボリューの物語。グリッサンが神話的に提示したマルティニク島の黒人たちの生活の真実を、よりリアリスティックに描いたマルティニクの路地小説。マリーの父エスルノームの生きた19世紀後半から娘までの2世代を渡る「魔法の年代記」。テキサコすなわち「街場のはずれ」という場所、それは逃亡奴隷たちが住んだ神話的なモルヌとプランテーションを引き継いだ街場=都市のあいだにある。そこに生きるソフィーらはいわば逃亡奴隷の末裔的なポジションにいる。そうした舞台設定はグリッサンのロマネスクな世界を引き継ぎ、語り継ぐ。
 河口近くのマングローブの森の奥に住む「マントー」(神秘的な力の発現態)パパ・トゥトゥーヌ。エスルノームが娘に語った「ヌーテカ」(モルヌでの暮らしの掟)。フランスの近代資本主義・植民地空間に接収されない/抵抗を放棄しない、アフリカ系住民らの生のかたち。男たちを遍歴しながら生き抜いたマリーの何と逞しく壮絶な人生。グリッサンの小説のヒロイン、ミセアを彷彿とさせる。それにしても、マリー、地球の裏側からあなたの話しを聞く自分はあなたの境遇からなんと遥か彼方にあることだろう...。
 パトリック・シャモワゾーはマリーをインフォーマントとしてこの作品を書いた。そしてある日マリーの家を訪ねると彼女は老衰で死んでいて、その傍らに最後の恋人である鮫釣りのイレネが首を吊っているのを見つける。作家は託された仕事の重さを思い知る...。
 カリブ海のフランス語圏域の文化に馴染みのない読者には読みにくいかもしれない。だが忍耐強く読了した者には、テキサコという場所が時空を超えて出現することに気づくだろう。