『サルトリウス』より(1)マローリー

 グリッサンの『サルトリウス』の訳読が今年の目標だけど、そこに引用されるいろいろな書物へと読書がどんどん逸れていってなかなか進まない(仕事のストレスや飲み過ぎのせいもあるけど...)。その脇道で、他では出会いようもない新しい本たちを知る。たとえばジャン・マローリー『チューレの最後の王』やアンドレ・ドーテルの小説。
 マローリーはフランスの地理学者で1950年から51年にかけてグリーンランド北西部を調査し、イヌイットたちと交流し彼らの生活スタイルで越冬した。その滞在記である本書はイヌイットデンマーク人の混血である偉大なる極地探検家クヌート・ラスムッセンに捧げられている。犬ぞりの旅、イグルー暮らし、イヌイットたちの人となりの記述など興味深い。1883年におきたアメリカ北極探検史上の最大の悲劇、グリーリー探検隊遭難事件のエピソードには身の毛がよだつ。さらに北部での越冬調査からチューレの集落に戻ってきたマローリーが極秘のうちに建設が進められていた米軍基地の突然の出現に出くわすくだりなど、小説的で面白い。
 ところでマローリーはなるべく文明の手垢がつかない原始的生活を営む「純粋なエスキモー」たちとの出会いを求めていた。しかし何と彼は黒人との混血エスキモー、アナグカックに遭遇する(109頁)。グリッサンが目を留めたのはおそらくそこである。世界へと時空を超えて拡散していった架空の黒人部族バトゥトの軌跡をたどる『サルトリウス』。アナグカックはバトゥトの民の軌跡のひとつなのだ。
 原典は20ヶ国語以上に翻訳されたJean Malaurie, Les Derniers rois de Thulé, Plon, Paris, 1955。Terre humain(人間の大地叢書)と題されたプロン社のシリーズの一冊で、セガレンの『記憶なき民』も同シリーズから出ていることを今福さんのサイトから知る。邦訳は柾木恭介により1958年講談社から出版された。