『サルトリウス』より(2)ドーテル

 『サルトリウス』ガリマール版45頁に登場するアンドレ・ドーテル。1900年に生まれ1991年に死去したフランスの小説家。ソルボンヌで哲学士の学位を取り、リセで哲学教師をしながら小説を書き続けた。Le soleil du désert(1973)の邦訳『荒野の太陽』(天沢退二郎訳、福音館、1988年)の存在を知りネットで注文してみた。包みをあけてみたらそれは「小学校上級から大人まで、世界傑作童話シリーズ」の一冊だった。カバーもつけず通勤の山手線のなかで小学校の学級文庫から借りてきたような本を広げるにはちょっと勇気がいる。でも内容は小学生にはやや手ごわいかも。主人公の少年が謎の少女と出会い、知らないうちに見知らぬ街に引きずり込まれ、そこで土地の人々と交流しながら謎の少女と再会するという設定。土地や登場人物はどことなく現実味を剥奪されている。だが架空の場所をめぐる物語かといえばそうではなく、小説の最後には、全体に漂う神秘感がすべて理性的に解説される。読みながらなんだかレゴでも組み立てているような気がした。「土地」が帯びる浮遊感は独特だが、随所に挿入されるマリ林の版画も間違いなくその効果演出に一役買っている。
 『サルトリウス』はバトゥトという不可視の民の物語であるが、グリッサンは先に示したページで彼らの集落の様子を「あなたには見えない村全体は、アンドレ・ドーテルの描く村のように悲劇的である」としるしている。それはLe village pathétique(1943)を踏まえているのだろうか。さっそく原書を読んでみることにした。フランス現代文学のなかで孤高の位置をしめるドーテルが注目されたのは、フェミナ賞をとったLe pays où l'on n'arrive jamais (1955)。こちらの題名もとても気になる。邦訳本は『遥かなる旅路』というタイトルで1958年に出版されたがなかなか見つからない。都立中央図書館にはあるようだが貸出はできない。そこまで通って読むしかなさそうだ。