中村隆之『エドゥアール・グリッサン』

エドゥアール・グリッサン(1928−2011)は21世紀に読まれるべき作家である。カリブ海のフランス植民地である小さなマルティニク島に生まれ、パリに留学し、そこで詩人としてデビュー。書評家の仕事を積み重ねるとともに、ネグリチュードの詩人セゼールから「精神の蜂起」を受け継ぎ、フランス語にクレオール語を響かせながらカリブ海が主体となる「小説」の構築を目指したグリッサン。しかしアンティユの社会分析、アンティユの主体化を促すディスクールは、地域の現実の困難に直面しながら、次第に「世界化」してゆく。カリブ海の小島の物語など、一部の好事家向きの主題だなどと思うなかれ。局所的ディスクールにみえるものは、世界全体を俯瞰する巨大な視野を備えている。〈全‐世界〉というグリッサン独特の世界論は、しかしながら「普遍」を目指すものではない。「普遍」とは西洋的主体の世界理念である。グリッサンの世界論はすべての場所に他所を響かせるクレオール化の観点に立つ。奴隷貿易によってこの土地に強制移住させられたアフリカの民がヨーロッパ文明と交配して生成したカリブ海の現実。予測できない苦い混交。奴隷船の船倉からグリッサンの世界論は出発する。世界システム論ともインターネットでサクサク世界がつながる情報−世界とも趣を異にする世界の想像の方法。著者渾身のグリッサン・ワールドへの本格的な入門書、ついに出現!