スクラップ・ブックから

 去年から部屋のなかに散乱していた朝日新聞の切り抜きをスクラップ・ブックに整理した。いくつかの印象に残った記事。
 2011年11月3日、韓国の指揮者チョン・ミョンフンへのインタビュー「音楽は政治を変えるか」。彼は北朝鮮と韓国の合同オーケストラの実現を狙っている。「私の狙いはシンプルです。ほかの社会に対してオープンな心を持つ若者を育てること。」
 2012年1月4日、アントニオ・ネグリへのベネツィアの自宅でのインタビュー「新しい民主主義へ」。マルチチュード(独自性をもった自律的な個人の集まり)をどうやって育てるのか? 「この家の近くにカフェがあって、私は毎晩のように顔を出します。老人たちと世界中のことについて話をするのです。」
 2011年11月16日、大江健三郎「定義集」。40年前の夏の朝、国際基督教大学森有正にインタビューを申し込んだ大江は、どういうわけかすっぽかされてしまう。自分があらかじめ用意して森に伝えておいた質問が心証を害したのではと自責の念にとらわれる。しかしその夜森からの速達が届き、そこに意外な事実が明らかになる。大江が用意した質問は、ある若いフランスの女性が森に3発目の原子爆弾がまた日本に落ちるだろうと思うと語る、森のエッセーの一節を引用し、そのフランス人女性と森がそのあとどのような対話を展開したのか、というものだった。速達で森があかしたのは、実はフランス人女性の存在はフィクションでありその言葉は自分の考えだが、編集者から自分の考えとしてそれを述べるのは危険だと助言されそうした設定をとった、ということだったのである。森有正大江健三郎の緊張感のあるすれ違いには実に趣がある。その年は福島第一原子力発電所の第一号機が運転を開始した年だったという。