ニーベルングの指輪

 先週の火曜日に、十数年ぶりにインフルエンザにやられた。香港A型。今年は大人がずいぶんかかっているそうだ。2日ほど仕事を休み、39℃近くの熱を出しもうろうとして寝ていた。熱が下がると前からもういちど見ようと思ってたワグナーの『ニーベルングの指輪』のLDを引っ張り出した。1989年に収録されたサヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場、レーンホフ演出のいわゆる「宇宙船リング」である。ブリュンヒルデヒルデガルト・ベーレンス、ジークフリートにルネ・コロという最強の布陣だ。全篇877分。先週の木曜日から9日間かけて今晩『神々の黄昏』を見終えた。圧巻。我が家のLDプレイヤーが正常に稼働したのは奇蹟的だった。たしか『リング』は90年代に来日したゲッツ・フリードリヒ演出のドイツ・ベルリン・オペラで観ている。LDは1990年頃に発売になり、すぐに買った。
 ゲシュタポ、ネオナチが登場する1987年のレーンホフの新演出はミュンヘンに騒然としたスキャンダルを巻き起こしたが、ビデオ収録された1989年時点ではかなり穏健なものになったという。それでもナチスを彷彿させるコスチュームは今見てもなおそれとわかる。1755年に再発見された「ニーベルンゲンの歌」の近代的翻案であるワグナーの台本だが、「指輪」をめぐる神々、人間、地下のニーベルング族の権力闘争劇の幕をブリュンヒルデの自己犠牲、愛と救済のモチーフ、「火と水の浄化」によって閉じることを拒否するレーンホフの演出は、今なおその不気味な警告を観る者につきつけている。当時はすでにチェルノブイリ事故のあとだった。「福島」のあとを生き延びるわれわれにとって、レーンホフのエンディングはなんと生々しく見えることだろうか。私たちは決して「浄化」されない「火」について考えることをやめてはならない。