SAINT OMER  サントメール―――ある被告

外気温38℃のなか、イオンシネマ多摩センターで妻と『サントメール』(アリス・ディオップ監督2022年)を観にいった(同じ封切なのに、渋谷と多摩市では料金がこうも違うのか…)。圧倒的であった。幼い娘を海辺で置き去りにして殺害の罪を問われるセネガル人の母親ロランスの裁判を通して浮上するのは、フランスというヨーロッパ現代社会に生きるアフリカ系の人々が置かれる状況の真実である。本作はフランス北部の町サントメールで実際にあった事件に基づいているという。脚本にはマリー・ンディアイも名を連ねている。

傍聴する若い黒人女性作家ラマとその白人パートナー、ロランスの娘の父親である白人男性、そして子殺しのギリシャ悲劇エウリピデスの『メディア』の引用など、さまざまな場面が重層的に呼応する構造には寸分のスキもない。クライマックスは、作品の最後で展開されるロランスの白人弁護士の陳述であろう。ロランスの悲劇をアフリカ系住民の問題の次元からさらに人間の次元へと置きなおそうとする挑戦であった。映画館に座る傍聴人であるわれわれは、裁判という西洋的システムが、西洋的システムがその外部にあるとみなすロランスという「被告」の答弁の首尾一貫性のほころび(?)ではなく、ロランスの問題の深層部を引き受けられるのかどうかを目の当たりにしたのではなかったか。息をのむ緊張感とともに進行するドラマの最後にニーナ・シモンのLittle Girl Blueが流れたときは、だめだ、涙が止まらなかった。