トルストイ『戦争と平和』2

望月哲男訳『戦争と平和』第2巻は第1部の残りと第2部第1編~第2編を収める。史実としてはアウステルリッツの戦いから1807年のティルジットの和約までが描かれる。ナポレオンはその天才的戦略によってプロイセンとロシアを打ち負かしヨーロッパ大陸に覇権を確立する。物語の人物たちの動きといえば、僕にとってはアンドレイとピエールが浮上してきた。戦場で消息不明となったアンドレイは無事帰還したが、家庭では思わぬ悲劇が待ち受けていた。そのどんでん返しのプロットにはスピードがあり、さまざまな試練に翻弄されるアンドレイの姿に読者はひきつけられる。そしてフリーメイソンに入会する悩めるピエールとアンドレイの「無神論」論争も興味深い。この二人は複数の世界の敷居をまたいでいるように思える。

また、戦場の夜、睡魔とたたかいながら散兵線を巡回するニコライ・ロストフが夢うつつのなかで妹ナターシャを思い浮かべその名が図嚢(ターシカ)、踏みつける(ナストゥビーチ)などの言葉と錯綜する場面も面白かった。

戦争の虚しさについてはそこかしこに言及される。一方戦場に向かう戦士の高揚感もそれとともに描かれる。印象深かったのはニコライ・ロストフが所属するバヴログラード連隊の中隊長デニーソフについての次の一節。「デニーソフは新しい軍服を着て髪にポマードを塗り、香水を振りかけて、戦場に出る時によくするようなおしゃれな恰好で客間に現れると、慇懃な騎士のような振る舞いを女性たちにしてみせた。」(269頁)

戦場は社交界と同じように「おしゃれな恰好」で出かける場所なのだ、人間はなんと虚しいものか(なんだかパスカルっぽいな…)。

デニーソフといえば、兵士たちが毒のある野草の根で飢えをしのぐ様子を見かねて、他の歩兵隊用の食糧を分捕ってくる場面(524頁)に、その豪快で人間味あふれる性格が描かれていて気に入った。