古川日出男×パトリック・オノレ 

恵比寿の日仏会館で「原作者と翻訳者 対話と朗読」と題された討論会を聴く。古川さんは僕にとっては朗読劇『銀河鉄道の夜』における戯曲作家、『天音』における詩人であって、恥ずかしながら小説家としての古川さんを知らない。この会をきっかけに『ベルカ、吠えないのか?』を読み始めた。シャウトする文体は朗読の声とつながっている。犬たちとともに20世紀を走るのだ。

パトリック・オノレさんのお名前を知ったのは、関口涼子さんと共訳されたシャモワゾーの『素晴らしきソリボ』だった。日本語が堪能のオノレさんは、古川さんと日本語で創作と翻訳の根本的な協働性を語られた。

すばらしいバイリンガル朗読会であった。『犬王の巻』は室町時代に実在したが作品が残っていない伝説の能楽師「犬王」を語る。なんと刺激的な設定。オノレ仏訳で読んでみようか。朗読の仕方には趣向が凝らされていて、最初はまとまったパッセージごとに交互に日本語とフランス語で朗読、次は短いパッセージで交代、最後(『天音』の一節)は日仏シンクロで朗読された。スリリングであった。次第に耳がフランス語に慣れていった。オノレさんはいくつもの日本語の小説をフランス語に翻訳されているが、「私はフランス文学のために仕事をしている」という言葉が実に印象的だった。そうなのだ。フランス語読者にとって、仏訳された古川日出男作品はフランス語文学として立ち現れる。翻訳という作業は、各語圏文学を豊かに拡張してゆく。このようにして創作と翻訳は協働する。たとえばダニー・ラファリエールが「私は日本作家である」と述べるとき、そこにも同様の射程があるだろう。充実したひとときだった。仕事に忙殺される日々でこのところ精神的余裕がなく恵比寿まで来るのは辛かったが、来てよかった。