Wilhelm Kempffの映像

 台風6号は直角に右折して伊豆諸島に向かっている。とりあえずカレンダー上は今日で仕事が一区切り。夕食後、ケンプのDVDを観る。ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア・ソナタ」。1964年カナダでTV用に撮影されたものだ。ケンプはキースとともに大好きなピアニストである。LPやCDを買い集め、最晩年の1975年と79年の来日リサイタルにも足を運んだ。当時高校生だったぼくは音大の先生についてピアノを習っていた。
 映像は初めてなので大興奮。インタヴューが収録されていてケンプの肉声を初めて聴く。何とフランス語である。眼鏡をかけて何かを凝視するような視線から、カメラ近くの原稿を読んでいるようにも感じられる。すごいドイツ訛りのフランス語で面白かった。演奏は第一楽章の出だしから派手に音をはずしているが、お構いなしにぐいぐい進むところがケンプらしい。3楽章のあの長大なアダージョの旋律をいささかも弛緩させることなく歌わせるところは、至芸である。あんな風に弾ける人はそう多くないだろう。ケンプと言えばテクニック面の問題がいつも指摘されていた。でも彼の指先から流れ出る自在に変化する生命あふれる旋律に魅了されて、ケンプを聴き続けてきた。
 生粋のドイツ人で西洋古典音楽家保守本流にいるウィルヘルム・ケンプとハンガリー系の血をひく白人アメリカ人キース・ジャレット。まったく異なったジャンルの二人のピアニストだが、音楽の根源にある即興性を重視する点で通底する。二人とも僕にとって大切な音楽家だ。