『十和田、奥入瀬 水と土地をめぐる旅』

 下北沢B&Bでの出版記念トーク小野正嗣×管啓次郎「地誌とフィクションが重なる対話」に出かける。じつに久しぶりの小野さんとの再会。基本かわらないけどマル眼鏡に風格を感じました。十和田奥入瀬芸術祭の参加作品として管さんによって編まれた「土地」をめぐるエクリチュール。死んだ父の実家である青森、若い頃残雪期にスキーにシールをつけて歩きまわった八甲田の山々。本州最北部のこの土地はぼくにとっては特権的なトポスのひとつなのだけれど、まだ訪れたことのない十和田湖周辺の土地がアートを介在してこちらに迫って来る経験はスリリングだ。小林エリカさん、石田千さん、小野正嗣さんによる三つの物語を通じて開かれてゆく土地。十和田に、奥入瀬に行ってみたいなあ。
 すばらしい本だと思う。自然が土地を造形する長大な時間と人間の生活の痕跡がしるす最近の時間のコントラスト。さまさまな角度から土地の風景や歴史にせまる物語の束を追っているうちに、想像力は複数のレベルに拡散していく。旅という行為に厚みを与える新しいジャンルの「ガイドブック」。こうした試みはさまざまな土地を巡ってこれからなされるべきだろう。だがそこに示されるのは自然の美しさだけではない。この土地が「観光バブルの残滓が残る街」であるという現実。藤浩志さんが提起する問い。果たしてアートによる町おこし(というより土地おこしか?)はこれからどう展開すべきか? 小沢慶介さんの凛とした小さなテクストが胸を打つ。だが、ぞっとするほど肥大化した「東京」の拡散ぬきにその問いはかんがえられないだろうと思い、東京に住む自分は途方に暮れる。