管啓次郎『時制論』あるいはポストカードの詩学

 前3作とはがらっと趣を変えた管啓次郎第4詩集。過去形と現在形とが交互に進行するリズムをとりながら、1行1行がひとつの小宇宙として独立した。そこには読む行為によって過去の世界に属するエクリチュールからなにものかが読む現在の時間へと浮上する、という文学の基本がなんとさりげなくコンパクトに実現されていることだろう。1行1行はエッジの効いた鮮やかなイメージが印刷された無数の絵葉書としてあなたのもとへと届けられる。その絵葉書に伸びやかなターコイズ・ブルーの万年筆でしたためられた思索のスナップショットを聴こう―――「ヘブライ人の問いには輝くてんとう虫を対置する」。「交差点で人と魂が迷わないようにカモメの羽根を使って方角をしめした」。ときにはストレートな怒りを―――「稚鮎やフカの鰭を食べ罪だと思わないやつらは芸術を語るな」。あちこちにちりばめられたユーモアを―――「亀に名前をつけても翌日にはもう見分けがつかなくなる」。若いときから詩人は旅先から無数の絵葉書を友人に書き送っていたという。その文学行為こそ管啓次郎詩学の根底にあるのだろう。つねにメルヴェイユー(驚嘆すべきもの)に心躍らせる管啓次郎詩学の。