ジョゼフ・ゾベル『黒人小屋通り』(松井裕史訳、作品社)を読む

松井裕史訳、ジョゼフ・ゾベル『黒人小屋通り』を読了。ついにフランス語圏カリブ海文学の古典が日本語で読めるようになったわけだ。名訳だと思う。作品の魅力は、描き出されるマルティニクのサトウキビ労働者の生活世界の鮮やかさに加えて、ゾベルのユーモアあふれる観察眼の鋭さや叙情的な想像力の豊かさにも拠るところが大きいーーたとえば、ザリガニの世界(p.70)、フルートの音(p.155)。日曜日のお祭りのシュヴァルボワ(回転木馬)の魅力...。サトウキビ畑の世界から奨学金を得て脱出するジョゼ少年。彼は忌まわしき支配者フランスの文学に接近することで、脱出の切符を手にするのだ。リセ・シェルシェールに入学して出会った裕福な友人ビュシがそのきっかけを与えてくれた。「読書が好きになって、長続きするようになったのはクリスチャン・ビュシのおかげだった。両親がビュシに本を買って、ビュシがそれを全部貸してくれたのだ。そのときから世の中は、手で触れられる限界の外にまで広がった。」(p.194) そして学ぶにつれて、身を粉にして自分を育ててくれた祖母マン・ティヌの貧しさの理不尽さに気づいていく。「でもなぜだろう。どうしていい家に住めず、破れていない服を着られず、パンも肉も食べられず、僕の首の周りにまきついて喉をしめつける悲しい言葉をいつも延々とつぶやくのをやめないんだろう。」(p.197)ここにこそマルティニクという土地の文学の立ち上がりがある。マン・ティヌの死にうなだれるジョゼは、語ろうと思う。「それは、目や耳をふさぐ人たちに向け、声を大にして言わなければならない話だ。」そう、『レザルド川』は同じエンディングを反復していたのだった。

1915年に生まれ2006年に亡くなったゾベルがこの作品を発表したのが1950年。ユーザン・パルシーがこの小説をもとに『マルティニクの少年』を発表したのが1983年。久しぶりに見たくなって昔ダビングしてもらったVHSを探すが見当たらない。引っ越したときにどっかにやっちゃったのかなあ。ゾベルは何を持ってたっけ。本棚を探すとDiab'laとLes mains pleines d'oiseuxがあった。たしか10年ほど前にマルティニクの本屋で買ったものだ。次はこれを読もうかなと思ったが、その前にジョゼの友達カルメンが気に入っていたルネ・マランのバトゥアラにしようかな。松井氏の解説を読むと、リチャード・ライトも読まなくちゃな。