渋谷毅&仲野麻紀『アマドコロ摘んだ春』

インフルエンザに罹って寝込んだ。金曜日の午後は38.5度くらいあって朦朧となり、イナビルを吸入して2日ほどで高熱は引いたが、まだ午後になると微熱が出る。布団のなかで『アマドコロ摘んだ春』を聴いた。昨年10月に伊香保キース・ジャレットECMの写真展を観に行ったときに(散歩者の日記2022年10月24日)ちょうどそこで収録ライブがあったことを知り、リリースを楽しみにしていた作品である。

弱った身体に音楽が沁みこんでいく。だがこの作品は、ドライブしながらでも、また家のステレオのスピーカーに向き合って聞いてもインパクトがある。エリントンの「イスファハン」で幕を開け、次が仲野さんの歌で「デルフィーヌの歌」。後者はビル・エバンスのYou must believe in springという名でも知られる。渋谷毅さんとのこの2曲のデュオのすごさは言葉では言い表せない。無駄をそぎ落とした、ジャズのエッセンスだけが輝くパフォーマンス。ライブでも聞かれたPivoineとサティもすばらしい。音楽は呼吸している。自然な呼吸の流れだけがある。仲野さんがライナーでコメントしているように、「ウスクダラ」の途中から渋谷さんが入ってくるところは静かな高揚感がある。

渋谷さんのピアノには驚嘆するばかりです。余計な力が一切なく、シンプルなヴォイシングの美しい流れ、ジャズの歴史の厚み、音楽の本質だけが提示されている。こんな演奏に接することができるのは幸せなことだ。最後の「アマドコロ摘んだ春」のボーカルには驚きました。でも、なんとインパクトがあるトラックだろう。

「遠い記憶のやさしさが肩をポンとたたく」。このアルバムを聴くひとは誰もが、きっとそっと肩をたたかれて振り返ることだろう。

                ★

Bill EvansのYou Must Believe in Springの音源を探したが見つからない。大学生の頃、ビル・エバンスが亡くなったすぐあと出たアルバムて、ずいぶん聞き込んだ1枚。聴くたびに寂しくなるアルバムだったが、もう一度買うことにした。あとはデューク・エリントンの『極東組曲』とカーラ・ブレイを何枚か聞き直そうか。まずは風邪を治すことだ。