カリブからの風

 3つのテクスト。ひとつはダニー・ラファリエール「生きることは、書くこと」(『環』2012 winter vol.48)、立花英裕先生によるインタヴュー。1953年、ハイチ・ポルトープランス生まれでモントリオール、マイアミで創作活動をする「亡命」作家。大学に行かず、工場労働者として働きながら「書くこと」に賭けた人生は凄まじいが、彼のディスクールは近寄りがたい雰囲気ではなく、しんみりとさせるものがあり、ときどきくすっと人を笑わせ、そしてどういうわけだか読んでると勇気が湧くのだ。ジャーナリストとしての活動が彼の創作活動に大きな視野を与えているのだろう。ダニーにとって書くこととは「郷愁に浸る作家にはならないためです。つまり自分が今いる場所、そこにおいて仕事をする作家になりたかったのです。この戦いが、最も力を要求しました。」
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混じり気のないノスタルジーというものは存在しないだろう。過去はつねに現在からしかふり返ることができず、振り返るたびに、現在まで蓄積された生の経験がそこに投影されているのだから。過去は常にその意味を増していくのだ。
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もうひとつは、人文書院のサイトにコラム掲載がはじまった、中村隆之の「カリブ・世界論」。現在のカリブ海の状況を誰よりも詳細に伝えてくれるわが研究仲間。2009年のグアドループやマルティニクのストライキの意味、2009年2月のル・モンド紙へのグリッサン、シャモワゾーらのマニフェスト「高度必需品宣言」が、いかに「地域」の問題ではなく、資本主義社会全体の問題としての射程を示しているか、など、とおく離れた小さな場所のできごとがわれわれにとって「他人事ではない」ということに気づかせてくれる。
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管啓次郎のサイトMon pays natal、3月2日に引用されたグリッサン『第四世紀』のパパ・ロンゴエの口述の場面。言葉が立ち上がる魔術的瞬間。日本語訳の出版を切に願う。