ティム・インゴルド講演会

  駒場18号館にてティム・インゴルドの「生=線 linesを巡って」と題する講演会を聴く。ベルグソニストであるインゴルドは自らチェロを弾き、パウル・クレーを好む。人類学者としての「物質」に対する態度を基本に、哲学やアートも視野に収める。学者であると同時にアーティストの感性とものの見方をもつ人だなあと思った。「システム」の側から、生よりも大きな(larger than life)力の構築やその力が生を作動させる現代の状況との関わりこそが重要であるとしてインゴルドの「ミニマリスティック」なラインの哲学に切り込む池上高志氏と、closureではなくopennessやprocessの視点からものごとをとらえようとするインゴルド氏のバトルが刺激的だった。「システム」か「個人の生」か。システム内の個なのか、システムに収まらないプロセスにフォーカスして個を捉えるのか。現代の課題だ。
  ラインを生の軌跡traceとして捉えたり、自然言語が複数存在する現実を還元不能な基本的事象ととらえるインゴルドの姿勢は、グリッサンの詩学に近いものがあるように思える。もちろんインゴルドのラインにはグリッサンのような文化間の衝突や抑圧、ダイグロシアや多重決定といった苦難の軌跡はみえないのだが。講演会のあと、グリッサンをご存知ですかと尋ねたら、知らないと答えた。「関係」というタームで世界を捉える詩学です、とすこし説明したら、ああ、それは私の立場に近いね、と彼はにっこり笑った。
  improvisationを考えるときに、インゴルド氏のラインの捉え方は豊かな出発点を与えてくれる。