『ショック・ドクトリン』&『Torii』

奇蹟的にフリーとなった午後、久々に充実した時間を過ごした。まず14時からWC研。南映子さんナビで『ショック・ドクトリン』(2009年マイケル・ウィンターボトム/マット・ホワイトクロス監督)を観てディスカッション。原著はカナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインが2007年に発表した『ショック・ドクトリン:惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(翻訳は岩波より2011年刊)。新自由主義経済の恐るべき行く末を見据えたこの極めて重要なドキュメンタリーは、なぜか日本劇場未公開である。1976年にノーベル経済学賞をとったシカゴ派のフリードマンらが提唱した徹底的な市場原理主義。チリのピノチェトなど70年代の南米の軍事政権を支えたのが、このシカゴ派の経済理論だった。新自由主義によって生じた貧富の差の拡大。フィルムのなかでは人々の貧窮の様子がなまなましく描き出される。富める者、能力あるものだけが恩恵にあずかるグローバルな経済システムは世界に何をもたらしたのか?どんな災害も戦争も、すべてビジネスチャンス。個人への拷問のやり方とその経済政策とのあまりの類似点に茫然とする。市場開放・規制緩和などをしたり顔で議論できるのは絶対的に安全なところにいられるからだ。その暴力の犠牲者になるときどんな悲惨がふりかかるのか、ぼくらは実感できていない。劇場公開されないのは、このフィルムがあまりにも真実をつきすぎ、「社会不安」をあおる危険が大きいからだろうか。日本でもすでに社会のさまざまな局面で「ショック・ドクトリン」が採用されつつあるのではないかと暗澹たる気持ちになった。毎朝のように通勤電車のアナウンスで知らされる「人身事故」の原因はいったいどこにあるのだろう...。
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夜19時より下北BBで下道基行さんの写真集『torii』をめぐるトークショー。お相手は高山明×管啓次郎テニアンや台湾や樺太に残る「鳥居」を撮り続けた下道さん。日本の占領地政策の遺物であり、自然のなかに廃墟として朽ち果てる鳥居。それがなくなればその場所は「見えなくなる」かすかな「痕跡」であるそのモニュメントは強烈なインパクトを放つ。自然のなかに消え入る寸前のかすかな人為の痕跡。津田直の荒野の写真やグリッサンの思想にもつながる、traceの詩学がそこにある。あるいは時代の変化を経て他の用途に転用されて景観の一部となる鳥居。境界を越えるさまざまな思考を掻き立てるすばらしい写真集である。教材に使おう。買って帰る。