slamの詩人ジュリアン・デルメール

昨日、早稲田大学現代フランス研究所主催のワークショップ。Julien Delmaire氏による講演とパフォーマンス。すばらしかった。まず日本に出発する土曜日に勃発したパリの襲撃事件にふれ、この事件が暴力の連鎖にならぬように祈るとのメッセージ。(しかしフランスによるシリア空爆は今日も続く。)スラムはラップとちがってアカペラによる詩の朗詠。ジュリアンは83年に石に打たれて死を遂げたジャマイカ出身のダブ・ポエット、マイケイ・スミス(グリッサンの『関係の詩学』は彼に捧げられている)を「スラム」の源流に位置づける。詩の口承性についての講演のなかで、自分の「スラム」はコンペティション・システムを重視しない、「声」によって成立する詩――文字テクストとちがってパフォーマンスの場所や聴衆、自らの身体の調子や感情が本質的に反映されることばの活動――、聴衆の介入というインタラクティヴな要素、などのお話しがあった。パフォーマンスの場所としては、ホール、バー、学校、刑務所、住所不定の人たちの集会などさまざまであるという。刑務所でスラムすることは、canaliser la violence(暴力を制御してひとつの方向に流し込む)ことだという一節は印象的だった。文学におけるセラピーの機能。続くパフォーマンスでは、「ルージュ」「我を見失うばかりに」の二編がスラムされた。とても文学的なテクスト。他の詩人の作品をとりあげることはないのか、との質問に答えて、すかさずヴィヨンの詩編がスラムされた。その言葉は強烈に音楽との境界を行き来する。その力とスリル。「ルージュ」にはそこかしこにセゼールが立ち現われ、jazzという単語が発せられる瞬間MC.Solaarの声が聞こえてくる。風邪がなかなか直らない身体にfireが吹き込まれた。Merci, Julien!
ちなみに、ジュリアンのインタビューが、「日本フランス語圏文学研究会」の会報第4号の巻頭に立花英裕訳で掲載されている。興味のある方はぜひお読みください。
http://www.archipelsfrancophones.org/archipels%20francophones%2004.pdf