長谷川潔展

受験に追い立てられていた高校生の頃、帰宅途中に池袋の西武デパートレコード屋に時々立ち寄り、茫漠とした風景が鮮烈だったECMのジャケットを眺めたり、隣の美術ギャラリーで版画を見るのがささやかな楽しみだった。とりわけ長谷川潔モノクロームのメゾチント、漆黒の闇からうっすらと赤色が浮上する浜口陽三のメゾチントには心惹かれた。静まり返った小さな空間に自分の心象風景が映し出されているようだった。またそれらは日常のなかに日常を遥かに超えた静謐な世界を提示していた。空気の希薄な世界にしか居られなかった孤独な高校生が見出すことのできたひっそりとした場所だった。

9月になって長谷川潔展が町田国際版画美術館で開催されていることを知り、町田に向かった。自然に囲まれたとても気持ちのよい美術館だった。そしてあの彼岸的なモノクロームの沈黙に、久しぶりに浸った。この銅版画家の大規模な回顧展を見るのは初めてで、朔太郎の『月に吠える』の版画を制作し、フランスで生涯を終えたことを初めて知った。長谷川が挿画を担当した仏訳『竹取物語』が欲しくなった。

長谷川潔の作品を見ていると吉岡実の詩を思い出す。彼もまた硬質で日常を突き抜けるイメージを堆積した詩人だった。

「夜の器の固い面の内で/あざやかさを増してくる秋のくだもの…」(「静物」)