マリーズ・コンデ『料理と人生』(大辻都訳、左右社)

ものすごく面白かった。まるでマリーズが日本語で語っているかのような錯覚を覚える素晴らしい翻訳。文学と料理という二つの領域を追求したマリーズ・コンデ。グアドループで生まれ、アフリカ人と結婚してアフリカで暮らし、そしてその後イギリス人の伴侶と歩んだマリーズの人生は文字通り越境の旅。彼女の文学に描かれるのはアフリカン・ディアスポラの人々の軌跡。本書では、マリーズが訪問したさまざまな地域での文学経験と料理体験が語られるのだが、刺激的なのは彼女の越境は創作に限られたわけではないということだ。「海外から帰るとわたしは友人たちを招き、得たばかりのレシピで料理をふるまうことにしていた。イスラエルからの帰国後は、現地で出会った複数起源の料理を作った」(p.153)「文学と政治は完全に切り離せない」(同)と語るマリーズだが、文学と料理もまた完全には切り離せない。彼女の料理の信条は、すでに世界各地にあるレシピはアレンジ可能だということ。「ある料理の起源がどこにあるのであれ、その料理はいつだって我がものにしてよいのだ」(p.73)。そこには即興的な趣があるといってもよいだろう。一人の作家の生涯が描かれた本作は、同時に、「食」を通じてクレオール文学の意味を理解するための必読の一冊であり、本書からクレオールディアスポラ、アフリカ系文学へと導かれる読者が一人でも増えることを願いたい。21世紀の現代において、「世界」という言葉の動的な意味を考える時に最も必要な視点を与えてくれる一冊である。