濱口竜介『悪は存在しない』を観る

Bunkamuraル・シネマで妻と『悪は存在しない』を観る。ショッキングであった。心のなかに澱のようなものを抱えて映画館を出た。それをここで書くのは何故かはばかられるような気がする。「観る者誰もが無関係でいられない、心を揺さぶる物語」というチラシのキャッチはまさにその通りだ。美しい山暮らしと自然描写の長回しで始まり、リゾート開発と環境破壊という社会的テーマが導入され、意表を突くエンディングを迎える。「車」での移動のカメラワークは印象的。複雑なプロットはなく「不気味なほどの単純さに収まっている」(蓮實重彦評)にもかかわらず、このエンディングによって、この作品は一気に神話的スケールを獲得する。観る者にさまざまな読解とさまざまな角度からの感情移入を誘発する、途方もないそして妥協のない黙示録である。石橋英子のすばらしい音楽、映像、そして「悪は存在しない」という挑発的なタイトルが等価的相互作用を発揮して、このきわめて美しくきわめて重い黙示録を成立させている。