Dollar Brand/African Piano(1969)

 今日も大音量で音楽を聴いた。これも最近聞きなおそうと思っていたアルバム。南アフリカ共和国の黒人ジャズ・ピアニスト、ダラー・ブランドが1969年コペンハーゲンのクラブで吹き込んだソロ・アルバム。両面途切れのない40分ほどの演奏。キース・ジャレットが70年代当初から大規模に展開することになるスタイルのsolo improvisationが「ジャズの最果ての地」アフリカ出身のピアニストによってすでに記録されていることは大きな興味をそそられる。冒頭"bra jo from kilimanjaro"と題された5拍子のオスティナートに乗ったバラードが始まった途端に、魔術的な空間に引きずりこまれる。キースの手法と何と似ていることか。ここにはアフリカ黒人のさまざまな土着音楽、20世紀初頭からヨハネスブルクのスラム街で生成したmarabiと呼ばれるcity musicなどがジャズのイディオムに溶け込み、ブルーズとも異なった独特なグルーブをかもし出している。1934年ケープタウンに生まれたダラーが若い頃アメリカ合衆国に渡らずそのキャリアをおもに南アの都市部で積んでいったことは驚異的だ。デューク・エリントンに見出され、1963年に自己のトリオ録音で注目され、さまざまなジャズ・フェスティバルに出演を重ねる。しかしなんといってもECM系列から発売された本作こそが、70年代初頭のソロ・ピアノブームに乗ってダラー・ブランドの名を世界中に知らしめたといえよう。その後イスラム教に入信し、アブドゥーラ・イブラヒムと改名したピアニストは、アパルトヘイトに抗議し一時祖国を離れるが、マンデラが釈放された1990年に帰国し、現在南アとニューヨークに居を構えつつ活動している。
  ダラー・ブランドのアイテムがまだ何かあったはずだとコレクションを引っ掻き回してみると、友人からダビングしてもらったカセットテープが出てきた。1976年録音の『BANYANA』。トリオで、ベースがチャールズ・ロイド=キース・ジャレット・カルテットでもプレイしていたセシル・マクビー。"Ishmael"と題されたトラックでピアニストはムハンマドへの祈りのようなvocal(朗唱)を聞かせる。セシルのソロもそのムードにインスパイアされ熱がこもっている。 
 そのダラー・ブランドが1965年に吹き込んだ『南アフリカのある村の分析』というアルバムが、今気になってしかたがない。なぜなら、ここのところJ.M.クッツェーの小説を立て続けに読んでいるからだ。クッツェーエクリチュールにあぶりだされるのは、白人の眼差しによる、南アの農村部におけるネイティヴ(黒人)、カラード(混血)、アフリカーナー(オランダ系移民)、イギリス人といった重層的エスニシティの緊張感と暴力性である。同じ南アであっても、都市部のスラム街の現実を踏まえジャズというフォームによって黒人側から発信されるダラー・ブランドの音楽的プロテストはそこにどのような交錯を見せるのだろうか。「南ア」は、そうした複数の眼差しの交錯からどのような姿で立ち現れてくるのだろうか。興味は尽きない。
 ダラー・ブランドのオフィシャル・サイトは以下のとおり。
 http://www.abdullahibrahim.com/indexf.html