ル・クレジオ講演会

 Une quete nommee fictionと題されたル・クレジオの講演会を本郷で聴く。15時開始で、14時半に行ったらすでに法文2号館1番教室は満席(さすがノーベル賞効果)、2番教室でモニターによる同時中継を見る。1940年ニース生まれで先祖はモーリシャスに定住したブルターニュ人である作家は今年69歳だが、実に若々しい。ル・クレジオと言えばずいぶん前にモンペリエかどこかのecole d'eteに参加したときに《La Rondde...》からの抜粋をフランス語で読んだ記憶がある。あとフランス語で読んだのはたしか《Gens des nuages》。トニー・ガトリフの『モンド』を見た後『海をみたことがなかった少年』を日本語訳で読んだ。『歌の祭り』はこれから読む。《Poisson d'or》も読もうと思ったまま本棚で埃をかぶっている。
 2時間の講演は彼の文学観と人となりが滲み出るものだった。印象に残ったいくつかの話題:1)小説は不完全な形式、ユゴーやデュマの作品は削れる部分があるが、詩は完全な形式でどこも削れない。ミショー、ランボーロートレアモンへのオマージュ。2)かつてニースには50余りの映画館があり若い頃シネフィルだった。自分の世代の作家が書く小説には「映画の手法」が刷りこまれている。それは心理を外部へと表出するいわば現象学的手法である。3)自分はフランス語への愛にあふれている。そこには「フランス帝国主義」は関与していない。フランコフォンというタームは好まない。他のすべての言語を尊重する。さまざまな外国語の作品がフランス語に翻訳される事態にフランス語の開かれた位置が示されている…。講演の最後に強調された「フランス語への愛」、そこには嫌みな感じが微塵もない作家の真摯な心情の吐露であるように僕には受け取られた。講演後の質疑応答で、どんな質問も丁寧に掬い上げユーモアを交えて答える態度に作家の温かい人柄が窺われた。
 ところで、ル・クレジオで最も好きな作品は、『海をみたことのなかった少年』に収録されている「童児神の山」。少年が荒野の岩山に上り、子供の姿をした神に出会うという短編。硬質で孤高で交感に満ちた、もうひとつの「星の王子様」である。