サン=ジョン・ペルス『風』

 有田忠郎訳によるvents(1945)、chronique(1960)を読了した。翻訳者の解説にあるように、グアドループ出身のこの白人ベケによるアンティユ文学の存在は、たとえばグリッサンやコンデといった黒人クレオール作家たちにとって目の前に立ちはだかる「難問」であった。だが、圧倒的なエネルギーと高らかなる俯瞰を備えた巨大な移動の賛歌は、彼らを引きずり込んでいく。グリッサンがサン=ジョン・ペルスの移動の盲点を突くところから彼自身の旅語りを開始したことはまぎれもない事実だろう。地質学や生物学の用語がちりばめられた百科全書的ディスクールの韜晦さは日本語になっても減じるところはない。それらの用語群が発散するポエジーを受け止める教養と感性が不十分な自分にとって、その読書は決して楽なものではない。しかし、それでも詩文を読む旅をやめることはできない。それは、難解な言葉の海を貫く「風」が、まちがいなく自分の心に吹き込んでくるからなのだ。さまざまな時代と場所には千のプラトーがある。そして、海を渡る風は常にやむことはない。
 「風の思想に貫かれた大いなる書物、それはどこにあるのか? われらはそれを糧にしよう。」p.32