雨のキャンプサイトとオーウェル

 ここ3年ほど、夏の休暇のあいだに奥飛騨の平湯でオートキャンプをしている。安房峠を長野から岐阜側に越えた標高1300mの樹林帯に広がるワイルドなキャンプ場で、気温は真夏でも20℃台と快適である。今年は8月4日から7日にかけて3泊滞在。以前テントを張ったお気に入りのサイトが空いていたのですかさずリーチして、愛用のコールマンのでかいテントを設営する。ここは焚き火ができるのがよい。薪で飯を炊き、炭火で鉄板を熱し肉や野菜をがんがん焼き、がんがん食い、缶ビールをぐびぐび飲みながら威勢よく燃える焚き火を眺める椎名誠的生活。ただ日本海に停滞する前線のせいで天候はいまひとつ。雨が小康状態になった日に息子と二人で新穂高ロープウエイで上がり西穂独標を目指したが一昨年に続き今年も敗退、丸山で引き返した。夜は毎晩雨が降った。妻と子供がシュラフにもぐりこんだ後、ぱらぱらとタープを叩く雨音を聴きながらランプを灯し、ウイスキー片手に平凡社ライブラリーの『オーウェル評論集4』を読んだ。「イギリス風殺人の衰退」「イギリス料理の弁護」「一杯のおいしい紅茶」「パブ〈水月〉」などの小さな味のあるエッセイはそんな雨の夜にちょうどいい。『1984年』くらいしか読んだことのなかったオーウェルの評論に出会ったのは、とある英文を読んでいたとき、"The Battle of Waterloo was won on the playing fields of Eton."というウェリントン卿の台詞を皮肉ってオーウェルが"but the opening battles of all subsequent wars have been lost there."とつけ加えたというくだりが気になったからだ。エリート教育を担うパブリック・スクールの名門イートン校。教育は富国強兵の道具なのか…。かくして、上で述べた平凡社ライブラリーを手にとり、沈みゆく大英帝国に対する批判と愛国心のあふれる「ライオンと一角獣――社会主義とイギリス精神」(1941)を読むことになった。反共イデオローグというレッテルを張られがちなオーウェルだが、よく読んでみると、この批評がイデオロギーを問わずあらゆる全体主義への批判となっていることは一目瞭然である。さらに、私有財産制度を批判し社会主義革命を提唱するオーウェルの姿が確認できる。愛国心と資本主義批判というセットはなんだかとても面白かった。ぼくには愛国心があるかといえば、愛国心を強要するために権力がさまざまな暴力的言説と行為を繰り返しているさまをうんざりするほど身近につきつけられている状態なので、怪しい。しかし、自分が住むこの列島の豊かな自然は、まちがいなく愛しているといえるだろう。