フォークナー・メモ1

 スノープス3部作を読むことにした。まず『村』The Hamlet(1940)から。田中久男訳、冨山房のフォークナー全集15巻によった。フォークナーの描くアメリカ南部のプア・ホワイトたちの農村社会は、歴史的には南北戦争の敗者の世界。時代設定は1902‐8年頃。スノープス一族はそこに「北」から侵入し、成りあがる新興階級である。ジェファソン南東20マイルの肥沃な川沿いの低湿地帯にある村、フレンチマンズ・ベンドには打ち捨てられたかつてのプランテーションの残骸「老フランス人屋敷」がある。その一画に隠された埋蔵金を狙う農夫たちの行動が小説の前景をなす筋を形成するようにも見えるが、小説全体を俯瞰する語り手がいるわけではなく、大きなストーリーが形成されるわけでもなく、断片的なエピソードが連鎖しさまざまな人間模様のなかから南部の「村」の姿が浮上する。一応土地を外から眺める立場にラトリフというミシンの行商人(したがって土地に定住はしていない)が置かれているが、彼も埋蔵金掘りの物語に巻き込まれていく。
 フレンチマンズ・ベンドにやってきたアブ・スノープスがこの小説では一族の始祖として描かれる。その息子フレムは、南部人で村の日用雑貨店を営むウィル・バーナーの使用人として出発し、次第に影響力を増し、ウィルの妖艶な末娘ユーラと結婚し、「村」を捨ててジェファーソンへ向かうところでこの小説は終了し、そのあとの『町』に引き継がれる。
 さまざまなエピソードはどれもが充実している。少女ユーラに目がくらんだ小学校の若い独身教師ラボーフの物語。いい馬に目がくらんで妻が裁縫の内職でやっと貯めた金をあっさりすってしまうヘンリー・アームステッドの物語。かっこいい(個人的には)のはミンク・スノープスに射殺され最期を遂げるジャック・ヒューストンの物語。妻の死のあと鉄の簡易ベッドに寝起きするストイックな生活描写、売春婦との過去、渋いねえ。それからフレムのいとこで21才の知的障害者アイク・スノープスがジャック・ヒューストンの雌牛に恋をする物語は異様に美しい。朝もやのなか小川のほとりにやってくる雌牛と夢のようなひとときを過ごすアイクを語るときに立ちあがる風景描写によって読者は南部の夢幻的な自然のまっただなかに連れて行かれるのだ。